【 金時神社 】 ★ 画像クリック拡大表示
〔 金時神社の由緒 〕 祭神は坂田金時、神域は小山町中島、金太郎が呱々(ここ)の声をあげた山崎家を含む坂田三軒のあった「金時屋敷」の跡で、その屋敷裏にあった金時産湯の水「ちょろり七滝」は今尚その清流に古き昔を偲ばせる水音を響かせ、古風の生家は境を接して現存している。幼名金太郎、「金」の字も鮮やかな腹掛けをして猿や熊と力を競い、猪の鼻嶽(今の金時山)の頂上でよく遊んだ。この山々と恵まれた環境の中で、力 逞しく心凛々しい怪童に育てられた。金太郎は後見出されて源ョ光の臣となり坂田金時と名を改め、ョ光四天王の一人として丹波の国大江山の強賊酒天童子を破った勇名は、永く語り伝えられている。昭和九年町有志の意により旧来の小祠に社殿を造営し境内を拡張し神域を整え、子ども達の守り神として長く郷土の誇りたらしめた。小山町
〔 金時屋敷 〜 金太郎ゆかりの地 〜 〕 本金時神社の拝殿のあるところは、金時屋敷と言います。この事は、文政3年(西暦1820年)に発行された駿河記に記されています。坂田金時の家があった所です。金太郎は、ここで姥母八重桐に育てられていました。金太郎は、その後、源朝臣に見出されて家来になりました。金太郎は改名し、「坂田靱負金時」に改め、源朝臣頼光の四天王の一人となりました。昭和9年4月14日小山町は、由緒あるこの地一帯を金時公園としました。今日金時神社は、安産・子育て・家内安全・交通安全・結婚祝等各種の祝い事を執り行っております。
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